九州大学 材料工学部門 工学部 材料工学科 大学院工学府 材料工学専攻 大学院工学研究院 材料工学部門

研究者PickUp
壊して分かるモノづくり―破壊のメカニズム解明が材料の安全性を追求する第一歩
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田中 將己 教授
Masaki Tanaka
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研究者PickUp

1912年、北大西洋上で氷山に衝突した豪華客船タイタニック号が沈没した事故は、これまでに二度映画化され、ご覧になった人も多いことでしょう。犠牲者1500人以上という20世紀最大の海難事故として語り継がれています。全長269メートル・高さ53メートル・総重量4万6328トンという当時世界最大の旅客船が、氷山に接触してわずか3時間で沈没した理由とされているのが、低温時における金属の脆弱化です。つまり、室温ではある程度自由に形を変えることができる金属も低温ではそのしなやかさを失い、大変脆くなってしまうという現象です。また1995年に起きた阪神・淡路大震災では、高架道路の橋桁が崩れ落ちたショッキングな映像がニュースで流れました。震度7という強烈な揺れもさることながら、地震の起きた日時が1月の早朝で、前日からの天候により強い放射冷却現象が起きていたことが要因の一つになっているといわれています。

構造材料の低温脆化メカニズムの解明

なぜこのような脆性破壊が起こるのか、なぜ金属は低温で脆くなるのか、まずはその現象を明らかにすることが課題となっています。私たちの研究室では、鋼や半導体材料であるシリコン単結晶を用いて脆性の要因を一つ一つ明らかにすることで、信頼性の高い材料の設計指針の構築を目指しています。

私たちが快適に、安全な社会生活を過ごしていくためには、軽量でより強く、しなやかな耐震性を持つ材料が何よりも求められます。高層タワーやビル、橋梁、自動車・船舶・航空機などに使われる構造材料の安全性を高めていくために、まずはそれらの材料が破壊されるメカニズムを正確に解明していこうというのが、私たちが研究している大きなテーマの一つです。

一流のアスリートがどこに強みがあり、どこに弱点があるのか見極めてから最も効果的な練習を考えるように、私たちの研究室では零下270℃〜1200℃という広い温度域で金属やセラミックなどさまざまな材料の限界を知るための変形・破壊実験と観察を徹底して行っています。

一般的に硬い材料は脆く、軟らかい材料はしなやかさがあります。鉄にニッケルを入れてより粘り強さを持つ金属を作るように、単独では強くて脆い金属材料もしなやかな材料と複合させることで、相反する性質である「強さとしなやかさ」を同時に持たせることが可能です。現在では、一つの金属元素に別の元素を溶かし合わせて各種の合金が作られ、軽さ・強度、耐食性や耐熱性などのさまざまな機能性を持つ金属が利用され、国内の名だたる鉄鋼メーカーの技術として生かされています。

金属疲労の動きをとらえる

ガラスが割れるように塑性変形(※)することなしに壊れることを「脆化」、金属疲労のように使っている間に変形していって壊れることを「劣化」といいます。

1985年に日航機が御巣鷹山に墜落した事故では、機体後部で機内の気圧を保つ圧力隔壁の破損によるものだと結論づけられました。その要因となったのは離陸時に最後部を打ち付ける「尻もち事故」の修理ミスとされていますが、長時間の労働や激しい運動が続くと人体に疲労がたまるように、金属も同じように疲労が蓄積されることがあります。航空機で使用されるチタン合金は加工や熱処理によって組織が異なります。疲労亀裂の発生は、その中での最弱な部分で起こりますが、使用条件によって動きが大きく変化するため、同じ条件下でも大きなばらつきが生じます。疲労現象は、非常に複雑な要素が絡み合って起きますが、私たちは「亀裂と転位」の相互作用に着目し、転位論という学問体系をベースにして結晶の変形と疲労亀裂の進み方を明らかにしようと試みています。

※塑性=個体に、ある限界以上の力を加えると連続的に変形し、力を除いても変形したままで元に戻らない性質。

シリコンウェハの亀裂を原子レベルで解明

スマートフォン、パソコンなどの家電・デジタル機器には数多くの半導体が使われています。近年、世界的な半導体不足による影響が深刻になっていますが、半導体の基幹材料であるシリコンウェハの世界では現在、高集積化や生産性向上のために大型化が進んでいます。このことで外部からの力を受けやすくなり、半導体の内部が変形し、限界に達して亀裂が発生することがあります。シリコンウェハ中に極微細でも欠陥があると微細加工で高い信頼性が求められる半導体にとって、小さな亀裂が大きな問題となってしまうため、ウェハ内の亀裂を原子が見られるほどの高性能な顕微鏡を使って観察し、極めて小さな構造を解析しなければなりません。

私の研究室では、九大超顕微解析研究センターにある国内最高レベルの超高圧電子顕微鏡とトモグラフィを組み合わせてコンピュータ上で再現する技術「3次元電子線トモグラフィ」という方法で解析しています。トモグラフィとは、観察物の周囲からX線を照射することによって、断面図を得る方法で、病院で行うCTと同じ原理です。

最先端の「見る技術」を使いこなす

材料に変形や破壊が起こる際に、その内部がどのように変化するかを見るためには、このような最先端装置をいかに使いこなすかが大きなポイントです。私たちは、材料の構造に合わせて最適な画像を取得し、その情報を総合的に解析する研究にも取り組んでいます。思いがけず、従来見えなかった新たな現象に出合うこともあります。ナノレベルの世界を覗けば、そこには新たな材料の世界が広がっているのです。新しい手法で「見えないものを見る」ことの先にこそ、未来を切り開く材料科学の新しい発見が隠れているのかもしれません。

田中 將己教授

Masaki Tanaka

昭和52年5月13日、福岡県小郡市生まれ。明善高校から九州大学工学部材料工学科、同大学院を卒業。英国オックスフォード大学材料学科博士研究員などを経て、現在、九州大学大学院工学研究院材料工学部門「結晶塑性学研究室」教授。

Tea Break

私の趣味は「書」です。6年ほど前から週に一度先生のお宅で筆を握り、いまは四段の段位を頂戴しています。奈良時代から書の手本とされている王羲之が書いた「蘭亭序」の臨書を続けています。一本一本の筆の運びに本来大きな意味があるのですが、ついつい自分の感覚で書いてしまったり、反省ばかりです。「書」の持つ局所感と全体感のバランスで美しさが決まるところは、研究と似ているところのように感じます。筆を手にして真っ白な半紙に向かうと無心になることができます。集中するなかで冷静さを手に入れることができる時間だと感じています。

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