九州大学 材料工学部門 工学部 材料工学科 大学院工学府 材料工学専攻 大学院工学研究院 材料工学部門

研究者PickUp
まるで空気のように存在し、現代人の生活に役立つもの― 「鉄」の明日を突き詰めていく。
01
中島 邦彦 教授
Kunihiko Nakashima
photo
研究者PickUp

学生の諸君とともに私が研究している「材料工学」という分野は、社会基盤を支える構造材料であるさまざまな金属、ガラスや陶磁器などのセラミックスを扱うものです。私の研究室では、その中でも特に鉄鋼製錬に関するさまざまな研究に力を注いでいます。

皆さんの身近な例を挙げながら、なるべく分かりやすく説明していきましょう。

私たち現代人の生活のまわりで当たり前のように利用されていて、まるで「空気」のように存在するもの、それが「鉄」です。便利な生活を支える身近な家電製品から、飛行機・船舶、鉄道・自動車、またそれらの生産過程で活躍する産業機械や産業ロボット、巨大なものでは超高層ビルや橋梁などなど、数え上げれば切りがありません。加工貿易立国である日本の「ものづくり」を支えるには、鉄鋼産業が不可欠だといえます。

鉄の歴史

人類が鉄鉱石から鉄を取り出すための技術を手に入れたのは、紀元前1500年頃のことメソポタミアのヒッタイト王国が始まりとされています。以来、鉄鋼製錬技術は進化し、18世紀に石炭を活用して大量に銑鉄を生産するための溶鉱炉が発明され、従来の木炭を使うよりもコストが下がり、大量の製鉄が可能になりました。蒸気機関の発達とともにヨーロッパ広がった産業革命の担い手となりました。日本でも明治の時代から花形産業となったのが製鉄業です。安価な鉄を利用して機械工業も大きく発達しました。

イギリスで転炉製鋼法が開発され、鉄鋼の大量生産が始まったのは19世紀中頃のこと。現代社会で使われる金属の多くがこの「鉄鋼」です。

このように昔からある鉄鋼製錬の技術ですが、21世紀の今でも日々進歩しているのです。より高い機能性を持つものに、より低コストで作ることができるように、そしてさらに地球環境や人間社会にとってより優しいものとなるように―。

鉄はどうやって作る?

皆さんもテレビ番組や何かで、製鉄所でどろどろに溶かされた真っ赤な鉄の姿を見たことがあると思います。簡単にいうと、あれは石炭が原料の炭素を主成分とするコークスの燃焼によって、鉄鉱石の主要成分である鉄分が液状化したもの。もう少し科学的な言い方をすれば、高炉下部から吹き込まれた熱風によりコークスがガス化し、一酸化炭素や水素などの高温還元ガスが発生する。この還元ガスが炉内を下降する鉄鉱石を昇温させながら酸素を奪い取っていき、炭素を5%弱含む高温液体状の溶銑となり炉底部に溜まる。これが鉄鋼製品の源となる「銑鉄」です。この銑鉄から、ケイ素、リン、硫黄、マンガン、炭素などの不純物を酸化して高温液体状の融化物融体「スラグ」として取り除いて、「鋼の原型」が出来上がるのです。

鉄を作るこの鉄鋼製錬の方法は、先に述べましたが19世紀に人類が得た技術です。以来、人類はずっと新たな付加価値を鉄に与え続け、現在、特殊鋼と呼ばれるさまざまな特性を持つ「鉄」が生まれ、皆さんの身の回りで生かされています。

さまざまな特性を持つ特殊鋼

特殊鋼のことをお話ししましょう。

特殊鋼とは、炭素以外の元素を少量ずつ特殊配合した鋼のことで、元素の種類や量に応じて、熱に対する強さ、硬さ、強靭さ、さびにくさ、摩擦・摩耗への強さ、加工しやすさなど、その特殊な性質は決まります。

錆びにくく加工された鉄が、皆さんご存じのステンレスですが、現在ではさらに錆びにくいものが開発されています。その優れた耐食性は、フォークやナイフだけでなく、医療機械器具の他、電車の車両など雨や潮風といった環境下で力を発揮しています。

熱に強い特殊鋼は、高温でも摩耗しにくいことから、航空機のエンジンでなどで使用されています。また、摩耗に強く、変形しにくい硬さを持つ特殊鋼は、切削工具や金属、プラスチックを成形する際に欠かせない金型に利用されます。他にも、繰り返される引っ張り、圧縮、回転、往復運動などの力に長く持ちこたえる材料の強度をさらに高めることで、自動車や機械の軽量化、長寿命化に寄与する特殊鋼もあります。

磁石にくっつく性質(磁性)が強いものはモーターや記録装置に、かたや磁性の弱いものは強い磁場を用いる、例えばリニアモーターカーなど磁化されてはならない機器に用いられます。

より熱に強く、よりしなやかな、より加工しやすい、より錆びにくい、というように、特殊鋼はその特性を高めることが求められています。また、強くて伸びのいい「高張力鋼」など、相反するような複数の特性を持つ鉄鋼材料も生まれはじめています。誰も見たことのない新たな特性を持つ鉄は、こんな日々の研究を続けていく中で、いつの日か生まれくるのだと思っています。

厄介者も孝行者に

古来、人類は長く「鉄」を使い、文明を開いてきました。そして今日でも、それを高度化・特殊化して使い続けています。

それはなぜか。

冒頭にいった「空気のような存在」という言葉通り、鉄鉱石は常に安価にかつ大量に入手できるからです。事実、地球の中心核はほとんどが鉄でできているし、海底には鉄鉱石が無尽蔵にあるといわれています。鉄鉱石の埋蔵量は他の金属と比べて桁違いに多いからです。事実、2017年の粗鋼生産量は世界で約17億トンと莫大で、そのうちおよそ1億トンが日本で生産されます(中国に次いで2位)。

鉄鋼製造工程において副産物として生成した製鉄スラグの発生量も膨大です。日本国内だけでも、年間、高炉で約3000万トン、転炉で約1000万トンものスラグが発生しています。スラグは産業廃棄物として扱われていて処理費用もかさむため、この有効利用が昔から模索されてきました。

厄介者であったスラグを孝行者に変えることも、私たちの研究の大きな柱の一つです。消波ブロック、魚類や海藻の生育場の形成や底質改善等の環境修復など、港湾・漁港・空港等の構造物として石材、コンクリートなど天然資材の代替として利用されている他、土木建築向け基礎材料として建築物や道路、河川にも用いられています。これらは省資源、省エネルギーの観点から環境負荷を低減させるリサイクル材として評価されています。

「鉄」という人類が得た文明を突き詰め、その明日を切り開く研究が、直接社会に役立つものであること。それは私たちの研究の原点です。

中島 邦彦 教授

Kunihiko Nakashima

昭和34年5月10日、福岡県糟屋郡粕屋町生まれ。福岡県立福岡高校から九州大学、同大学院を経て、現在、九州大学大学院工学研究院材料工学部門教授。材料反応工学、材料物理化学が専門。

Tea Break

私は、小学校時代からずっと剣道に親しんできて、平成14年に剣道七段の段位を取得しました。大学時代も剣道部に所属。院時代にしばらく離れましたが、29歳の時から九大剣道部に関わりを持ち、今では三十数人の部員を抱える剣道部部長を務めています。毎日とはいきませんが、竹刀を振り、汗を流すことは、私にとって心のリフレッシュになっています。もうすぐ九州大学剣道部が創部百年になるので、OB会の皆さんに広くお声かけする集まりの準備をどうしようかと考えているところです。

photo

気力・体力に満ちた学生時代でなければ経験できないこともたくさんあります。明るく元気に、一緒に研究に取り組んでいきましょう。

photo
photo
photo