九州大学 材料工学部門 工学部 材料工学科 大学院工学府 材料工学専攻 大学院工学研究院 材料工学部門

研究者PickUp
電気化学の力によって、ユーザーの要望に応える―現実社会に役立つ技術開発
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中野 博昭 教授
Hiroaki Nakano
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研究者PickUp

私は高校を卒業して、九州大学工学部鉄鋼冶金学科に入学しました。

「冶金学」とは、鉱石から金属を取り出し精製する学問をいいますが、広い意味では鋳造・溶接など取り出した金属を加工する技術をも含みます。現在では「材料工学」と呼び習わしている本学の冶金系は、東京大学、京都大学に次いでわが国で3番目の歴史を持つ冶金学科として1911年に創設されました。このように脈々と受け継がれてきた中でも、私の研究室では材料電気化学という分野を専門に研究しています。高度な電気化学知識に立脚した材料の表面処理と電解製錬が研究の大きな二本柱です。今日、仮想現実がもてはやされる時代ですが、材料工学というジャンルはそもそも実質的で現実社会に必要不可欠な骨太の学問です。

まずは表面処理について研究内容を分かりやすく説明していきましょう。

めっきは化粧品に似ている?

電気化学をベースにした表面加工の最たるものといえば、まず第一にめっき加工が挙げられます。電流を流しながら表面をコーティングして、その機能性を高めていく技術です。めっき加工処理によって、目的や用途に合致したさまざまな特性を出すことができます。

めっきは化粧品にちょっと似ているところもあります。単なる美白だけではなく、例えばシワを改善する保湿性のほか、肌理(きめ)を整えたり、シミの元となるメラニン(黒色色素)の発生を押さえたり、肌によくないとされるUV(紫外線)をカットしたり、汗やそのにおいを抑えるなどなど、今日の化粧品がさまざまな機能性を保有するようになっているのは周知の通りです。

めっき加工が持つさまざまな機能性

同じように、めっきにより鉄などの材料を錆びにくくする「耐食性」、滑りやすくする「潤滑性」、その結果としての「耐摩耗性」、さらには細菌の繁殖を抑制する「抗菌性」などのより高い特性を獲得しています。もっと身近なことであれば材料表面に好みの色を美しく着色する「装飾性」も研究内容の一つです。ほかにも、汚染防止、電気絶縁性、耐熱性、硬度の向上などなど、めっきの持つ特性を数え上げれば切りがないほどです。むろん、これからの現実社会が必要とすることになるであろう、まだ見ぬ機能性の実現も私たちに求められているのだと思います。

「めっきが剥げる」という言葉があります。うわべだけのごまかしが利かなくなって、次第に本性が現れることで「地金が出る」ともいいます。皆さんご存じの通り、めっきには金、銀、銅、白金、ニッケル、クロム、などさまざまな金属が使われています。その中でも、私が学生達と共に研究しているのは「亜鉛および亜鉛系複合めっき」というものです。この特長は何といってもめっき加工が低コストであること、そして「犠牲陽極作用」や「犠牲防食」などと呼ばれる亜鉛めっきの持つ高い防錆効果です。

これは表面に傷がついて鉄などの材質が表面に出てしまった場合、露出した鉄が錆びてしまう前に亜鉛が溶け出し、再度鉄を覆う仕組みを利用したものです。鉄を錆びない・腐食しない素材へと変化させることができる亜鉛めっきは地球資源を大切にできることから、明治期から利用されている技術ですが、自動車のボディー、エアコンの室外機などの家電に本格的に広く利用され始めたのは意外と新しく1970年代になってからのことです。さらに80年代に入ってからは、亜鉛−ニッケルや亜鉛−鉄といった合金めっきが利用されてきました。

未来社会のための新たな技術を求めて

私の研究室では、さらにジルコニウムやバナジウム、アルミニウム、マグネシウム等の酸化物をナノレベルの微粒子としてめっきに加える新たな複合めっきの研究を進めています。技術的にいうと、めっきの副反応としてH+イオンの還元反応が生じ、めっき面のpHが上昇しますので、低pHで加水分解する金属イオンを加えますとその金属イオンが加水分解反応により酸化物となり、その場でめっきに加えることができます。この技術を突き詰めていけば、これまでよりもさらに鉄の耐食性、耐摩耗性や、潤滑性を高めたり、予想以上の、より複雑な機能性を獲得することができるようになります。複合めっきの技術は、エンドユーザーである自動車産業界ではエンジンのシリンダー、ピストンリング部分の表面処理に利用されています。

今日の社会において、鉄は世界で年間約20億トン生産されていますから、その機能性を高めるめっき加工の技術は将来の社会においても欠かせないものだと断言することができるでしょう。

より優れた電解製錬を目指して

科学的にいえば、めっき加工の技術の根本をなすのは、金属イオンが電子を受け取り還元析出するという典型的な電気化学反応です。「電流を通して他の金属の皮膜をつける」というめっきと同様の原理で、99.99%という純度を誇る金属そのものを製造していくのが「電解製錬」という技術で、亜鉛・銅・ニッケルなどの基幹金属の電解製錬の研究を行っています。

めっきは数秒で表面に皮膜を形成させますが、電解製錬の場合は何日間も連続して電流を流します。長時間にわたって通電することにより表面に凹凸ができ、それが原因で電気ショートが生じることが大きな問題点です。表面を滑らかにするための研究として、添加剤により結晶粒を均一、微細にする技術開発に力を注いでいます。また、亜鉛を製錬する際に水素ガスが発生すると電力のロスにつながることから、エネルギー効率(電流効率)を向上させる研究を行っています。日本を代表する複数の非鉄金属メーカーや鉄鋼メーカーに対してその研究が生かされています。

応用範囲の広い学問である「電気化学」を究めて、より快適で暮らしやすい社会の創造を実現していきたいと考えています。

中野 博昭 教授

Hiroaki Nakano

昭和36年4月10日、熊本県生まれ。熊本高校から九州大学工学部鉄鋼冶金学科、同大学院修士課程を経て神戸製鋼所に入社。社会人ドクターとして博士課程を修了。現在、九州大学大学院工学研究院材料工学部門「材料電気化学研究室」教授。

Tea Break

私の休日は、もっぱら妻との散歩です。自宅近くの長垂公園辺りを一時間ほどかけて歩き、同じように散歩しているわんちゃんたちとの触れ合いを楽しみ癒やされています。もう二年程前になりますが、愛犬を亡くしていて、まだ新たな犬を飼えていません。飼っていたのはマロンという名のメスのラブラドール・レトリーバーで15年10か月を共に過ごしました。今でも散歩で同じ犬種の子に会うと特にうれしくなって撫でさせてもらったりしています。一般的に人懐こい犬種で素直な性格のようです。公園では「マロンちゃんのお父さん」と呼ばれるなど犬を飼うことで広がる世界もありました。

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