九州大学 大学院工学研究院 材料工学部門 結晶塑性学研究室

研究内容/生きている金属。その動きをとらえる『いろいろな手法で変形を見る~材料の内側で、何が起こっているのだろうか~』

当研究室では、新しい手法を積極的に取り入れ、これまでとは違った視点や考え方で材料の変形を多角的に捉えようとしています。ここでは、さまざまなアプローチのうち、わかりやすい例をご紹介します。

1 「材料の内側で、何が起こっているのだろうか」

引張試験の途中で、ある時、何かが起こる

材料の強さを知るための代表的な試験が引張試験です。この試験では、材料サンプルを引っ張り、ひずみ(=伸び/元の長さ)当たりの応力(=力/断面積)を測ります。この結果をグラフに表したのが、応力-ひずみ曲線(S-Sカーブ)です。
基本的なS-Sカーブは、stageⅠ、stageⅡ、stageⅢの3つの段階に分けられます。stageⅠはなだらかに応力が上がる曲線を描きますが、stageⅡは急速に角度が上向きになり、その後stageⅢでは再び曲線の角度がなだらかになります。
引張試験では、サンプルを引っ張っているだけなのに、stageⅠからstageⅡに移る時、応力は急激に増加します。この「急激に増加する」現象が起きるきっかけは何でしょうか。その時、材料の中では何が起きているのでしょうか。

●単結晶のS-Sカーブ

突然現れた「斜めの線」

サンプルを引張試験(このサンプルは1200℃で変形させています!)すると、途中で突然、端の方に斜めの線が現れます。これをキンクバンドと呼びますが、キンクバンドが発生した後、stage IIが始まります。その後に材料がみるみる伸びていきやがてstage IIIが始まります。

このサンプルでは、サンプル全体が徐々に伸びていき、最後にプチンと切れます。このように材料によって変形するようすはさまざまです。

●いろいろな装置でキンクバンドを見る

a:EBSD観察  b:光学顕微鏡  c:試料方位と引張軸X

この図の両端にある斜めに入った線がキンクバンドです。
材料が塑性変形する時は、内部で転位によって原子が移動しており、ある面に沿って「辷り(すべり)変形」が起こります。辷りの面が部分的に折れ曲がったところがキンクバンドです。ちなみにキンクは「よじれ」、バンドは「帯状」の意味です。
辷りの起こる箇所はわずか数μmときわめて小さいスケールの世界です。最近の観測で、サンプルの内部で辷りが起こったところで、結晶方位が回転していることがわかり、ここから大きな変形へ変化するのです。

ミクロン単位の変化も観測できるEBSD

実は、キンクバンドがきっかけとなり、S-Sカーブに見られるstageⅡに移行するのではないか、という考えは以前からありましたが、明確な観察はできませんでした。それが、最近の観察技術の進歩により、ようやく詳細な変化がわかるようになっています。
このような組織を観察する方法の一つがEBSD(Electron Back Scattered Diffraction Pattern、電子線後方散乱解説法)です。これはサンプルに電子線をあてながら、細かな結晶方位の分布を調べる方法です。以前の方法では、サンプルの全体的な状態を捉えることしかできませんでしたが、EBSDを使うことにより数μm単位の狭い範囲での結晶方位を観察できるようになりました。
この実験で使用したサンプルは、単結晶シリコンです。単結晶というと、変形する時は全体が均一に変形するように思えますが、実は部分的に結晶方位が変化して、決して均一とは言えない変形であることがわかってきています。
シリコンはLSIに不可欠な半導体材料ですが、今後、電気自動車などのパワーデバイスなどへの使用が増えると部品が大型化し、力学特性や変形挙動の解明がいっそう重要になることでしょう。さまざまな分析技術を駆使することにより、これまで見えなかった世界が明らかになるのです。

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